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冷たい空気から湧いてくる紙切れ
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開発したものだから、自信をもって
勧めていくことに力を使ってほしいと
感じてしまう。どうしようもない
商品ならしょうがないけれど、
開発部が昼夜関係なく持っている力の
集大成と言っても過言ではないくらいに
尽くしてきたものだから、もっと広告をうつなり
動いてもらいたいと考えてしまう。
売るのは他の人の仕事。
そういうことは分かっているけれど、そちらの
部門にも興味が湧き出した今日この頃。
難しいものです。

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最近熱い気持ちが乾くまでに時間が掛かるときがあって、
その都度適当な繋ぐことをしている。

ここ数年似たような感じになってしまい、
そんな感じで時がどれだけ過ぎたんだろう。

それほどのこともやれずに、ただジッとしているまで
何もかもが曇ってしまう気がしてならない。

すぐに変われるものでもなく、変わったものが本当に変わった
なんて疑うことぐらいしかできない。

あれから幾度となく、すべてに疑問を持つことも大事なんて
都合よく考えて楽になって・・・
毎度のことであっても、上手くいかないことのほうが大いに決まっている。
だから、何気に乾くまでに時間がかかるものなんだ。

状況がどんな状態であっても、楽観視出来る人は
すごいと思う。
キャッシングした後に、あまりローンの返済を
考えず気楽に借りる人もいると聞いたことがある。
私の場合は、そういう形ではまず気楽にネットでキャッシングとは
いかない・・・
なぜなら状況に振りまわされてしまうのが、私の状況だからだ。
こんなに振り回されて、どこまで吹っ飛べば良いのか自分でもよくわからなくなる。

小さなドアを開けて、低い扉をくぐり重い扉をあけて
白いドアをあげてまた低い扉をくぐり抜ければ、
床が無かった。
ドボーンって。
状況です。

えっ?
こんな状況、現実的ではない??
いえ、私が感じた状況です。これくらいすごい状況だと
心より感じましたよ。
私の心は敏感でね・・・

敏感だと振り回されるのか??
鈍感のほうが徳をするのかな。
だとしたら、私はついていないのかもしれない。

でも鈍感は、物事に気付くのが遅いって感じじゃありませんか?
私は鈍感になりたいのだろうか。
何事にも躓きはやって来る。
躓いても、どう反省して二度と同じミスをしない改善を
していくかが問題であって、躓きはそれほど重大なことではないと
思えることが必要ではないだろうか。

とても回りくどい表現ではあるが、反省をすることは大事なことではあるが、
ただ反省することには意味がない。
そこから先ということに視点を向けてみたい。
これからだとか将来だとか、そういうことが現時点では意味があるのでは
と考えることも否定はできない。
むしろ肯定的に考えて進んでみることも、決して無駄なことではないような
気がする。

そこから開けていく可能性というものは計り知れない、
どこでどう新しい道が作られていくかなどは何も確定していないことであって、
それだから新たな可能性として希望が持てることもあるのかもしれない。
くどいようだが、反省は改善へと結びつことこそが真の反省ではないだろうかと
思えてならない今日この頃である。

何事も術がないと、先に進まないものだ。

前に行きたいなら、その術を身につけることが必要。

それは一人の都合だけなら、別に複雑になることもなければ

術を身につけなくてもいいのではないだろうかと感じてしまう。

だが、相手との都合の調整をしながら進まなくてはならない。

だからといって、そこに必ず意味があるとは限らないため

成長や努力の妨げになることもあるのだろうかと思える。

それでも進まなくてはならないときには、振り返らずに進むことが

出来るかどうかなのではないだろうか。

進むことは、とても難しいことのように感じる。

何かに我慢することも大切だが、そこから蓄積されたストレスは計り知れない。

ほっておいたら病気にもなりかねないし、そこかで発散や気分転換をすべきなのだろう。

では、どうやってストレス発散をするのか?

それよりも、ストレスを蓄積しない生き方を努力して探してみるのもいいかもしれないと思う。

それは誰でもそう考えることなのかもしれないが、一番いいのは意識をしないことなのではと

感じる。

これもまた、難しいことでもある。

意識というのは、したくなくてもしてしまうものだ。

無意識になることは、ある意味とても簡単にはできるものではない。

何事も動いてばかり入られない。

地力をつけてこそ自分の能力は発揮される可能性が高くなる。

力を蓄積することの重要性は、強く認識する必要があるのではとさえ

最近は感じる。

ある程度の素養とは何か、この加減をを自己認識しているのとしていないのでは

随分と先が変わってくるものなのかと考えてしまう。

中途半端になることは、大概の人は嫌うし、なにかに達成を求める生き物なのかもしれない。

それが、何事においてもどこかで成し遂げることがあればそれでいいのだろう。

仕事から趣味まで、生活には多種多様なものがある。

そこから自分が好むものに全力で挑むことは、決して悪いことではない。

もちろん、それが迷惑をかけるようなことでは問題があると思うが・・・

社会的に問題がないのであれば何かに中途半端で終わっていようとも、

どこかでまたチャンスを見つけて継続することもプラスに働くのかもしれない。

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